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指向性進化

タンパク質の指向性進化の方法

タンパク質は生体の主要な機能的成分であり、アミノ酸の鎖状結合で構成されます。これらの結合によってペプチドが形成され、最終的な3次元構造と機能が決まります。アミノ酸配列とタンパク質構造の有益な変化は、進化と多様な自然選択圧の結果として生じる可能性があります。これらの変化はほとんど場合にゆっくり進みますが、生命が環境の変化に応答して適応できるようになるには必要なプロセスです。この変化を劇的に加速させる指向性進化とは、自然過程を模擬することにより、多様な特性を有する、場合によっては強化された機能を有するタンパク質ライブラリを作成することです。酵素学、創薬および薬物療法の分野に革新をもたらした酵素の指向性進化および抗体とペプチドのファージ提示法は、この分野の先駆者たちに贈られた2018年のノーベル化学賞によって世界的に認識されてきました。 

デノボ・合理的タンパク質設計を用いたタンパク質機能の調整

タンパク質の構造的モチーフを予測するデノボタンパク質設計では、3D構造を得るために比較モデリングとフォールド認識法を使用します。1 しかし、アミノ酸配列から予測したタンパク質モチーフは、標的タンパク質に対して同じ機能性を付与しないことがあります。配列-構造-機能の考え方が中心的基盤を形成する合理的設計ワークフローでは、突然変異を起こす標的アミノ酸を特定してから、部位特異的な突然変異形成などを実施します。突然変異形成を終えたら、機能性が改変された変異タンパク質を実験的にテストします。2 合理的設計で直面する課題には、低タンパク質発現性、安定性、および所望する機能性の達成などがあります。また、この手法を所定のタンパク質内のあらゆる単一アミノ酸に拡大することも困難です。さらに、構造的または機能的な事前情報のないタンパク質でこのような方法を試みるのは困難を伴います。

指向性進化・自然選択の模倣

指向性進化は、望ましい機能を有するタンパク質を設計するための安定した手法です。合理的方法とは異なり、指向性進化では対象遺伝子でランダムな突然変異を発生させるため、タンパク質構造情報は必要ありません。指向性進化では、選択とスクリーニングの手法を厳格にして自然進化を模擬することによって、遺伝的多様性、結合性、触媒活性、熱的および環境安定性などの機能性が最適化されたタンパク質を特定します。3

指向性進化の歴史

1967年の自己複製RNAの世代から30年の間に、指向性進化の手法は目覚ましい進化を遂げました。1980代には、ファージ提示法に基づくin vitro選択の手法が採用され、所望のタンパク質の濃縮で成果を上げました。1985年には、PCRの発見によって、表1に示すランダム変異導入法と飽和突然変異誘発法の使用が可能になりました。 その後、指向性進化の手法は多くの酵素の機能性とエナンチオ選択性を改善し、代謝経路やさまざまなゲノムを目的に合わせるために幅広く使用されてきました。4,5

指向性進化の実験デザイン

指向性進化の実験は、変異誘発、スクリーニング、および遺伝子増幅と呼ばれる3つの基本ステップで行われます。図1に指向性進化の手法の概要を示します。

変異タンパク質ライブラリの生成

変異タンパク質ライブラリを生成するにあたり、望ましい機能的多様性と基質特異性に関するタンパク質工学的目標を定めることは重要です。開始時点では、有用な変異体と有害な変異体の割合を希望に合わせた標的ライブラリの使用が効果的な場合がよくあります。変異誘発に使用する種々の方法とその基本原理の概要を表1に示します。6 最も一般的な方法は、error-prone PCRやDNAシャッフリングなどです。

選択・スクリーニング

遺伝的多様性を形成したら、通常はタンパク質発現のために変異体が細菌または酵母宿主に形質転換され、機能性スクリーニングが行われます。非機能的変異体を除去するための選択は、主としてプラスミド、ファージまたはリボソーム提示法と、増殖相補およびレポーターベースの手法に基づいて行われます。スクリーニングでは、個々のタンパク変異体の活性が望ましいかが評価されます。望ましい機能性を効果的にスクリーニングできる高スループットな手法やツールには、直接マイクロタイタープレート、デジタル画像法と分光法の併用、区画化、FACS(蛍光活性化セルソーター)、細胞表層提示法、共鳴エネルギー移動、核磁気共鳴(NMR)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー、質量分析などがあります。7 スクリーニング後に特定された最適な機能性を有する望ましいクローンは、遺伝子操作の次の段階でテンプレートとして使用されます。多くの場合、望ましい活性を有する最適な変異体は、スクリーニングと選択という方法の組み合わせによる系統的相互作用によってもたらされます。

遺伝子増幅

最後のステップでは、PCRによる増幅のために、最適な変異配列の選択や配列のプールが行われます。  最適な配列を使用して、タンパク質工学的目標によって定義された望ましい特性を有する変異体が特定されるまで、変異誘発、スクリーニング、選択、および遺伝子増幅のサイクル全体を繰り返します。

図1:指向性進化サイクルのステップ

図1:指向性進化サイクルのステップ指向性進化サイクルのステップ

指向性進化を利用したアプリケーション・タンパク質工学的成果

さまざまな変異誘発法を利用したタンパク質の再設計により、多くの酵素の機能性、つまり耐熱性、比活性、親和性、溶解性、安定性およびエナンチオ選択性などが改善されてきました。指向性進化を使用して特定された主要な酵素を表2に示します。8

シトクロムP450技術の成功談

シトクロムP450酵素は、哺乳動物の薬剤代謝経路に含まれています。多用途の酵素で、非常に広範囲の基質に適用できます。P450酵素の指向性進化は触媒の多様性をもたらし、非天然P450化学による新しい生体触媒形質転換の発見につながりました。P450の遺伝的調節は、新世代の化学をもたらし、酵素反応空間を新たな生合成経路へ拡大させた生物学的変化の一例です。巨大菌に含まれるシトクロムP450の機能性は、指向性進化によって脂肪酸のヒドロキシル化からアルカン分解へ変換されました。9 重要なことは、指向性進化の手法にコンピュータによる予測を統合することで、新しいタンパク質機能に関する理解がより深まるということです。10

指向性進化の手法から生まれたKapa Biosystems試薬(日本国内取扱いなし)

指向性進化の手法は、ライフサイエンスにとって有用であり、自然進化の過程全体に利益をもたらします。Kapa Biosystems試薬一式は、自然選択を実験室内で促進する指向性進化の手法を採用して、PCR、定量PCR(qPCR)、次世代シーケンシングおよび分子診断学などの種々のライフサイエンスアプリケーションに最適な酵素を生成します。

市販されているPCR試薬は、サーマスアクアチクスから得られる「野生型」組換えDNAポリメラーゼ(Taqポリメラーゼ)で構成されています。一方で、Kapa Biosystems試薬一式は指向性進化の手法を使用して合成した新しいポリメラーゼ酵素で構成することにより、比活性度を改善し、忠実性を高め、処理能力を向上させ、一般のPCR阻害剤への耐性を実現しています。Kapa Biosystemsは、遺伝子増幅のためのさまざまなPCR、qPCRおよびqRT-PCRキット向け試薬を提供しています。

Kapa Biosystems PCR・qPCRアプリケーション(日本国内取扱いなし)

指向性進化の手法から生まれたKapa Biosystemsのタンパク質は、数多くの強化がなされ、野生型タンパク質に比べて多様性と独自性の両面で優れています。Kapa Biosystemsのキットが、指向性進化の手法によって強化された酵素に、バッファーや追加酵素などの付加的要素を組み合わせたことは、大きなインパクトとなりました。例えば、KAPA Long Range PCRキットには、Taq DNAポリメラーゼと、プルーフリーディング活性を示す修飾古細菌(B-family)DNAポリメラーゼが含まれています。KAPA Long Range HotStart DNAポリメラーゼは、Long-Range PCRによるハイブリッド遺伝子の検出に使用されてきました。11 一方で、野生型Taqよりも伸長時間がはるかに短いKAPA2G Fast Multiplex PCRキット(図2を参照)は、アルツハイマー患者における3種の一塩基多型(SNP:rs1049673、rs3211931、およびrs3212162)を、多重PCR増幅に続いて一塩基伸長法を使用する分析に使用されてきました。12

図2:KAPA2G Fast Multiplex PCRキット:同じサイクル条件(30サイクル)を用いたKAPA2G Fast Multiplex PCRキット、Competitor QおよびCompetitor Iによる6-plex多重PCR

図2:KAPA2G Fast Multiplex PCRキット:同じサイクル条件(30サイクル)を用いたKAPA2G Fast Multiplex PCRキット、Competitor QおよびCompetitor Iによる6-plex多重PCR

Kapa Biosystems qPCR試薬およびキットは、低コピーで困難な標的を、より高い再現性で特定できるように最適化されてきました。粗サンプルを分析するためのKAPA PROBE FORCE qPCRキットには、DNA精製を不要にして、血液、組織、および植物のサンプルに含まれる阻害物質に耐性を示すマスターミックスが含まれています。さらに、非常に高感度かつ高精度のリアルタイムPCRに適するKAPA PROBE FAST qPCRキット(図3)は、加水分解プローブ、FRETプローブ、および変位プローブなどの、配列特異的蛍光プローブの化学を用いています。KAPA PROBE FAST qPCRは、SOX7 mRNAなどの発生学的に重要な因子の発現レベルを測定するために使用されてきました。13

図3:KAPA SYBR® FASTキット:ヒトゲノムDNAを用いたDMDおよびNOTCH標的遺伝子増幅に関し、KAPA SYBR® FASTの性能および定量は競合キット製品より優れています

図3:KAPA SYBR® FASTキット:ヒトゲノムDNAを用いたDMDおよびNOTCH標的遺伝子増幅に関し、KAPA SYBR® FASTの性能および定量は競合キット製品より優れています

要約

指向性進化は、タンパク質の機能性を向上させるための強力な手法です。生物学的機能が不明瞭な場合や、基質やタンパク質の構造の化学的知見に限りがある場合は、高スループットのスクリーニングを使用して数千もの変異体を生み出す指向性進化により、最適なソリューションに達することができます。指向性進化は、生命に関わるライフサイエンスアプリケーションに用いられる薬剤やタンパク質の純粋異性体を含む、数多くの工学的合成タンパク質の生成を可能にしてきました。新しいタンパク質を短期間で生成できる指向性進化によって工学的合成のタンパク質や酵素を生み出させれば、数多くの生物学的過程や生体触媒作用の理解を深めることに大きく貢献し続けると考えられます。14

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参考文献

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